この8月、新しいサービス【ものがたり名鑑】を公開しました。経営者や専門家の肩書きの奥にある、その人にしか語れない物語を集めたWebメディアサイトです。そして、2026年8月8日は、母が亡くなって20回目の命日でもあります。新しいサービスを始める月と、僕が物語を書く仕事へ向かうことになった原点の月が、同じ8月になりました。
母を見送った夏から、20年。
2006年、当時高校2年生だった17歳の夏、46歳の母が子宮体癌で亡くなりました。
2006年3月に病気発覚から、同年8月に亡くなるまで約5カ月。現実をどう受け止めればいいのか分からず、当時の僕にできたのは、起きたことを文章にすることでした。
母の病気が分かってから見送るまでの出来事を、ノンフィクション小説として書いたのです。
書けば悲しみがなくなるわけではありません。むしろ深まるばかり。それでも、言葉にすることでしか向き合えないものが、当時の僕には確かにありました。
残した物語が、家族の宝物になった。
それから長い時間が経ち、2021年に母の出来事をnoteに書きました。
その2年後、記事を見つけてくださった方からX(旧Twitter)を通じて連絡をいただき、明治安田生命の動画へ出演することになったのです。それが、2026年8月現在、総再生回数が500万回を超えました。
母が生きた証と、母を見送ったことで大きく変わった築地家の物語が、一本の動画になりました。僕たち家族にとって、あの動画は一生ものの宝物です。
20年前に文章にしていなければ、記事を見つけてもらうことも、動画になることも、母が生きた証が別の形で残されることもありませんでした。
人の物語を書く仕事へ。
母のことを書いた17歳の自分が、そのまま今の仕事を始めたわけではありません。
社会人になってからは異業種交流会の運営に携わり、多くの経営者や専門家と出会ってきました。一人ひとりの話を聞いてプロフィールをつくる仕事を重ね、2017年に独立。
その後、コロナ禍で生まれたサービスが「バリューシート」。一人の経営者が歩んできた道、大切にしている想い、事業を始めた背景を一枚の物語にする販促物です。
商品や肩書きが同じように見えても、その人がなぜ今の仕事をしているのかは、一人ひとり違います。誰かの心を動かすのは、整った説明だけではなく、その人にしか語れない背景なのだと、何度も感じてきました。
17歳の夏に母の物語を書いたことと、今、人の人生を聞いて物語にする仕事をしていること。この2つは一本の線で繋がっていると思います。
20年目の今、思うこと。
母がいなくなったことを、良かったと思うことはありません。
ただ、母を亡くしたことで僕の人生が大きく変わり、書くことを志し、人の物語を残す仕事へたどり着いたのも事実です。
今年、母を見送ってから20年を迎える8月に、ものがたり名鑑を始められたことには、自分なりの意味を感じています。そして、こうしてマガジンとしてお届けできたことも。
物語は、残しておかなければ、少しずつ思い出せなくなってしまいます。
だからこそ、覚えている人がいるうちに。話せる人がいるうちに。今を生きている人の言葉を、これからも残していきたいと思っています。

1989年10月15日生まれ。東京都国分寺市出身。14歳のときに初めて小説を執筆。高校2年の夏、当時46歳の母を子宮体がんで亡くし、他界するまでの期間をノンフィクション小説で書き起こしたことをきっかけに小説家を志す。新卒で設立数日のベンチャー企業に入社。5年間、異業種交流会の運営責任者を務め、総開催数は1600回。その際、参加者のプロフィールシート作成を担当し、約2000人を取材、執筆経験を積む。これまで出会ってきた経営者の数は延べ3万人を超える。今日現在まで累計3000人以上をインタビュー。ストーリー作り・言語化の専門家として活動中。